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イタリア館

参加者

イタリア共和国

テーマ

開発世界における進歩と伝統

建物

 本館は“ピサの斜塔”をもじって“大阪の斜塔”といわれたユニークな展示館であった。上に伸びるという今までの建築概念を打ち破って斜めに伸びた建物で、天井や一部の床を傾斜させ、中に入ると水が床から天井に向かって流れるように見えるなど、目の錯覚を起こさせた。設計はローマの新進若手建築家トマソ・バーレの作品で、イタリアでの公募コンクールで 1等に当選した作品であった。
 本館の平面は直角二等辺三角形だが、立体的には「チャンネル」と呼ばれる長方形(14 メートルと 5 メートル)で、長さ 20メートルから50メートルの鉄製箱形の展示用建物 6 個(西端が大中小 3個、中央が中小 2 個、東端が小 1 個)が 30 度の傾斜で地面に建てられていた。一方、「チューブ」と呼ばれる、断面が長方形(3 メートルと4 メートル)で、長さが 35メートルから55メートルの鉄製の細長い箱形の建造物 4 個が、6 個の「チャンネル」とは反対の向きに、やはり地面に対して 30 度の傾斜で建てられていた。この形は横から見ると「入」の字の形になっていた。この「チューブ」は、6 個のチャンネルをささえるようになっていて、1 階から 3 階への縦の連絡となり、またサービス施設にも使われていた。
 チャンネルの先端と垂直の側面はガラス張り、上下面はラスシート張りに軽量モルタル打ち、その上を銅箔張りにしてあった。内装は、床がデッキプレートの上にワイヤメッシュを敷き、軽量モルタルの上に連続模様が広がるようにイタリア製のセラミック・タイルが張られた。壁と天井はコンクリート打ち放しであった。
 構造は、地階部分が鉄筋コンクリート造、地上部分が主に H 型鋼で、600トン近い鋼材が使われた。また「チューブ」は白色の成型鉄板でできていた。
 内部配置は、1 階の北端が政府代表室、事務室、倉庫など、その横に入口と玄関ホール、続いて展示ホールが配され、東南部にはレストラン、調理室、軽食堂、電気・機械室などがあった。西端のチューブ内には 3 階へ上がるエスカレーターがついていた。2 階と 3 階は傾斜床のある展示室になっていて、2 階にはイタリアの図書と切手の売店も設けられていた。
 この本館の東側には別館の産業館があった。高さ 6メートル、32メートル平方の正方形で、中心に 1 本、周囲に 16 本の H型鋼柱と、パネルでできたプレハブ建築であった。このパネルはイタリア製で、特殊な型に成型されており、壁は1 層、屋根は 2 層で、その間に 5 センチメートルの空気層が設けられ断熱効果がもたされた。また鉄骨柱は棒鋼によってつながれ、パネル取り付け後にテンションを加え、屋根パネルは棒鋼のジョイントから吊られていた。なお、この産業館には、本館 2 階からブリッジを渡って入るようになっていた。

展示

 本館と産業館は、敷地の対角線を境界にして分けられ、その間は階段のある通路と、段々畑状の芝生になっていた。この段の“中腹”に、イタリアのダルミネ製鉄会社が出品した F・T・サルトーリ作のスチール彫刻が飾られていた。そこをさらに下がった産業館西側の芝生には、1920 年、初めてローマから東京間の飛行に成功した複葉・単発プロペラ機の実物大模型が置かれ、さらに東南端の芝生には、現代イタリアの一流彫刻家の1人ジャコモ・マンズーの新作「大きなリボン」というブロンズ彫刻があった。
 西北から階段を降りた 1 階部分の入口を入った玄関ホールでは、ジュセッペ・サラガット大統領のメッセージとマルコ・ポーロのブロンズ浮彫が観客を迎えた。
 最初の展示「歴史ホール」では、イタリアの政治史、芸術史、宗教史、精神史のなかから選んだ人物の写真や、美術品の複製などを通じて、イタリアの歴史が簡潔に説明された。その奥の「東洋を訪れた旅行者たち」のコーナーでは、1245 年のジョバンニ・ダル・ピアーン・デル・カルピネに始まり、1954 年のK2 登はん隊までの、イタリア人によるアジア探検の雄大な物語が、ミックスト・メディア装置を使い、スライド映写とビデオテレビで紹介された。
 「近代・現代ホール」では、20 世紀で最も意義深い発見や、20 世紀に活躍した人物、イタリア人の生活など多様な展示がされていた。大衆的なスポーツ、原子力、海中の生命、マリア・モンテッソーリの先駆的教育実験などとともに、マネキンを使ったファッションや、クラシック・カーと並べて“未来の自動車”も紹介され、本場のカンツォーネも聞くことができた。また、子どもたちの人気者ピノキオの木像もあった。
 次の「図書と工芸品」の展示場は、「チューブ」内のエスカレーターで 3 階へ上がった最初の部屋。イタリアの書体、デザイン、印刷、製本の長い伝統や、文学界の主だった人々の業績が、図書やポートレートで説明された。その南側の吹き抜け部分越しに、傾斜床に展示された 1678 年ビニョーラ設計のルネサンス風庭園の縮尺模型も見られた。
 また、ヘリコプターから撮影した風景映画「イタリア鳥撤(ちょうかん)」が 2 階の高さにあるスクリーンに上映されるのを、のぞき込むようにして見るようになっていて、観客はヘリコプターでイタリアの旅をしているような気分に誘いこまれた。
 エスカレーターで 2 階に降りると、展示は三つのチャンネルに分かれていた。まず一番西側の「チャンネル」に入ると、ジャンボローニャ作の「メルクリウス」に対面できた。1572 年にローマのメディチ宮殿の噴水用に制作されたオリジナルで、フィレンツェのバルジェッロ美術館からの特別出品であった。このほか、15 世紀のロッカビアンカ城の模型、ローマ時代のボスコレアーレ邸の模型や、カプリ島に現存するマラパルテ邸の内部が展示され、ローマ近代美術館出展のエンリコ・カステッラーニ作の「白い面 N.31」など 3 点の現代絵画が飾られていた。
 中央の「チャンネル」には、特別の電子フラッシュ装置があって、観客は好みのイタリア風景を選んで、それをバックにして記念撮影が楽しめた。
 東側の「チャンネル」にはイタリア政府観光局のコーナーがあり、観光案内をするとともに、図書、切手その他のみやげ品を販売していた。
 2 階の観覧を終わると観客は、通路によって別棟の産業館へ導かれた。まず西南から入ってランプを通り、迷路のような展示コースをたどるようになっていた。正方形の室内にはアリタリア、ウチム、フィアット、エニ、オリベッティなどの諸会社および経済機関の展示物が並べられ、イタリア産業の活力が示されていた。東南隅にはスライド映写コーナーもあった。
 展示館の東南部にあったレストラン、スナックは、デラックス店とスナック・バーに分かれていた。どちらもアリタリア航空の経営で、客席は計 250 席。デラックス店は「アリタリア・レストラン」と呼ばれ、イタリア料理の粋が集められていた。「トルメドス・ロッシーニ」というシチリア・ワインを使った甘いソースのかかったステーキが代表的な料理で、リカソーリ・キアンティというイタリア・ワインも楽しめた。
 スナック・バーはカフェテリア方式で、観客は皿を手に、スパゲティなど本場のイタリア料理を好みに応じて指定する仕組みになっていた。各種のスパゲティ、マカロニなどの軽食や肉料理、サラダ、飲物、ケーキなどがあった。

展示

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